ひと口に革といっても牛革から豚革、馬革、鹿革など、さまざまな種類がある。荒川義之さん(48歳)が率いる吉沢商店が最も得意とするのは、ワニ革(クロコダイル)やオーストリッチなどを使ったベルトだ。2009年に立ち上げたオリジナルブランド「coccodrillo(コッコドリーロ)」では、爬虫(はちゅう)類皮革に縁のなかった人にもよさを伝えるべく、ベーシックなデザインの財布やベルトを手ごろな価格で提供している。
華やかなクロコダイル製品には、地道な作業の積み重ねが不可欠
「私が吉沢商店に入社したころは、
クロコダイルの財布やベルトは高嶺の花で
一部の人がステータスのために持つものでした。
当時に比べると、いまは爬虫(はちゅう)類系の
革製品がずいぶん身近になったと思いますね」
それでも、と荒川さんは続ける。
女性はクロコダイルのハンドバッグや財布に
親近感を持ち、おしゃれに役立ててくれるが、
一般の男性には、まだ縁遠い素材だという。
爬虫(はちゅう)類系の革は生産量が少ないこともあって、
それを取り扱う革問屋も専門の職人も数が少ない。
製品の安定供給には、長年の付き合いがものをいうが、
常日頃の情報収集も欠かせない。
「特に職人とのネットワーク作りは重要です。
クロコダイルは、革の面積が小さいので、
1本のベルトを作るためには、
小さな革を2、3枚つなぎあわせなければなりません。
100本のベルトなら、つなぐ個所は200以上あります」
「つなぎ目が目立たないように革の組み合わせを考え、
根気よく正確に縫い合わせることができるのは、
ごく一部のベテラン職人だけに限られるんです」
荒川さんは革衣料の問屋を経て、
1988年に父が営む吉沢商店に入社した。
「私は次男ということもあって、
父の会社を継ぐ気はありませんでした。
当時はバブルで景気のよかった時期です。
『このまま会社員でいたほうがよさそうだから、
いまの会社にいるよ』と念のために父に確認したら、
『すぐに戻ってこい』と(笑)」
経営者を目指していたわけではなかったが、
「景気がよかったので何とかなるだろう」と
父の下で働き始めた。25歳のときだった。
女性目線で考えたビジネスバッグにも一日の長あり
1990年代に入ると、DCブランドブームは終わり、
海外からの安価な革製品が出回るようになった。
日本経済の大きな転換期の中にいた若き荒川さんは、
ハンドバッグ事業に活路を見いだした。
「不景気より流行が怖かったというのが本音です。
当時の吉沢商店の主力は婦人物ベルトでしたが、
ベルトは流行が終わるとほとんど売れなくなります。
バッグならそれほど流行廃りを気にしなくてすみます」
とはいえ、ベルトの専業メーカーだけに
バッグ作りのノウハウはほぼ皆無だった。
仕入れ先、作り手、売り先、ほぼすべてを
荒川さんはひとりで開拓していった。
「職人さんは気むずかしい人が多いけど、
聞けばいろんなことを教えてくれます。
バッグ作りもわからないことは職人にまず聞く、
そこから新しい仕事をはじめていきました」
それから20年余りの歳月が過ぎ、
ベルトとバッグ、両方の名手となった荒川さんは
アパレル企業のデザイナーや企画担当者から
深い信頼を得るようになった。
目下、荒川さんが注力しているのは若手の育成。
得意先の高度な注文にも応えると同時に、
爬虫(はちゅう)類皮革製品の技術を継承すべく、
マンツーマンでサンプル職人を育てている。
一方、オリジナルブランドでは
先に述べた、手ごろなクロコダイル製品のほか、
女性のためのビジネスバッグなども手がける。
「レディスの仕事をずっとやっているから、
女性目線で考える癖がついているんです(笑)
営業職の女性に仕事でお会いすると、
書類が多いから大きな男性用の鞄を
仕方なく持っているという感じの人が多い。
働く女性が愛着を持って使えるバッグも
今後はどんどん企画していきたいですね」