吉野の男

吉野の男子は大峯山山上ケ岳で修行せねばなりません。
(でないと成人できないと教えられました(笑))

私は17歳の多感な高校生時代に行ってきました。

夏休み、アルバイトをしている私に母が
(多感ですから他の会社にアルバイトに行っていました)
「同志社の学生さんが山登りするそうよ。一緒に行ってみたらどう?」

「ふ~ん、行ってみようかな」

小さいころから大学生のお兄さんやお姉さんに遊んで
もらっていたので(ボーイスカウトのようなもの)
特に抵抗なく受け入れいくことにしました。

当日、集合場所の京都に母、姉が送ってくれました。
どの山に登るかも、何人なのかも知りませんでした。
知っていたのは同志社の学生さんと一緒に行くのだから京都に集合。
2泊3日の山登り。準備だけ自分なりにして向かいました。

ついた先は日本の修験道の中心寺院の一つでした。
入った瞬間、集合している人々にどきもを抜かしました。
ざっと100人ほどの男がみな武蔵坊弁慶のようないでたちと
いうかいわゆる「山伏」の服装だったのです。

同志社の学生さんとの山登りなどうそ
母は吉野の男は大峯山で修行して男になると考えていたので
山伏さん達と一緒に修行に行かせたかったのです。

「だましたなぁ~~~~~(怒)行かへんっ」
受付近くで瞬間湯沸かし器のごとく
瞬時に沸点にたっした私は母にどなりました。

姉も何となくは知っていたのでしょうが、
山伏の男達の格好と雰囲気を感じてか
「利勝 かわいそう」と泣いています。

現代ならここまで反発されると
じゃー行くのやめようかというところですが、母は

「もうお金払ったっっ!!!」

と言い放ちました。
受付付近ですから山伏もたくさんこちらを見ています。
状況的に行くしかありませんでした。

つづく
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坂口 利勝
つくり手
坂口 利勝
さかぐち としかつ
プロフィール
昭和59年にお素麺を作りはじめた母は「美味しい麺とは何か」をひたすらに追求してきました。一緒に仕事をするようになってやっと母がどれだけ頑張ってきたのか、知りました。平凡に見えるものに、大きな気持ちがこもっていることを教えてもらいました。この味を守ってこれからも頑張って行きます。