「セカンドスタート」という言葉をご存じだろうか。定年を迎える前にみずから退職し、新たな人生を歩む出すことをいう。石井仁さん(59歳)はみずからのブランドを立ち上げるため、5年前にセカンドスタートに踏みきった。作りたかったのはカードの収納に特化した財布。実用新案を取得した独自のデザインで、マスメディアや百貨店のバイヤーから注目を集めている。
30年間つとめた大手問屋を辞め、50代で勝負に出る
いまどき転職や独立はめずらしいことではないが、
石井さんがブランドを立ち上げたのは54歳のとき。
年齢を考えれば、無謀といわれてもおかしくない。
「妻は納得してくれましたが、
商店の経営者だった父には猛反対されました(笑)。
でも自分の能力を求められている場がほかにあれば、
それにこたえたくなってしまうものです」
以前は財布やベルトなどの革小物の問屋で働いていた。
得意先は全国の百貨店や大手のアパレル企業。
ライセンスブランドやOEM(相手方ブランド生産)の
財布やベルトを次々と企画しては得意先を開拓した。
その手腕を買われ、39歳の若さで役員に就任した。
「ところが経営陣の一員になったとたん、
以前のような充実感がなくなってしまったんです。
商品企画の仕事が私の天職だったんだとわかりました。
自分の仕事人生をあらためて見つめなおしていたときに、
ある財布メーカーの社長が声をかけてくれたんです」
その人はミヤ・レザークラフトの宮昌弘さん。
国内の市場が縮小していくなかで
付加価値の高い財布をプロデュースできる、
有能なパートナーを宮さんは求めていた。
「会社員時代は何百という財布を企画しました。
ですが、今回は第2の人生をかけた商品開発です。
あらゆるプランを検討しましたが、
最後は一番思い入れのある商品にしぼって
財布のブランドを展開しようと決めました」
夢を抱いている人間はいつまでも若々しい
ミヤ・レザークラフトと試作品開発をくり返すこと1年。
カード収納に特化した財布「スィンリー」が誕生した。
男性は女性と違い、ジャケットやズボンの尻ポケットに
財布をしまう人のほうが多い。
ところが日常生活でカードを使う場面がふえるにつれ、
財布の厚みはどんどん増すばかり・・・。
不粋なばかりか、座ったときの圧力でカードが変形するなど、
財布作りにかかわる者としてずっと不満をいだいていたという。
そこで石井さんが思いついた解決策が、
「カードを重ねたまま縦向き2列で収納する」方法だった。
こうすればカード収納ポケットの厚みも減らせるし、
従来の2つ折り財布のように中央がふくらむことも防げる。
「単純な発想かもしれませんが、実際に試すと
一般的な2つ折りの財布より3割ほど薄くなり、
収納枚数は2倍以上ふえることがわかりました。
これならいけるぞと思い、実用新案も申請しました」
まずはメディア関係者に知ってもらおうと、
試しにプレスリリースを配信してみたところ
業界新聞や情報誌に商品が掲載され、
全国の消費者から問い合わせの電話が相次いだ。
展示会に出展すると大手百貨店のバイヤーから
すぐに取引の申し出があった。
「私と同じ悩みを持つ人はやっぱりいたんだと、
とても勇気づけられましたね。
滑り出しは順調でしたが、発表から時間がたつにつれて、
ひとつのブランドを継続する大変さを痛感しています」
セカンドスタートに踏みきって今年で5年目。
あえて険しい道を選んだことに後悔はないのだろうか。
「仕事のやりがいはいまのほうがずっとあります。
営業も経理も、ひとりでやらなければなりませんが、
努力した結果がすべて自分に返ってきますから。
マーケティングの実力をもっとつけたら
メイド・イン・ジャパンの技術を結集した、
ラグジュアリーなブランドにも挑戦したいですね」